バイオ・医薬株の例


■ 住友ファーマ

会社の歴史

アテル投資顧問の企業評判史(製薬業界版)によると、住友ファーマの前身である「大日本製薬(本社・大阪市)」は、長井長義・技術顧問が創製したエフェドリン(1927年発売)に始まり、戦後の大型製品になった抗菌剤パナシッドなど、新薬の開発・研究に力を入れた。

また、住友ファーマの前身である「大日本製薬(本社・大阪市)」は1995年、不適切なポスターを配布し、炎上する事件を起こした。

低血圧と「登校拒否」「出社拒否」を結びつける広告

問題となったのは、低血圧を治療する薬の宣伝ポスターだった。「落ちこぼれ」「怠け者」という説明のついたイラストとともに「適切な低血圧の治療を受けないでいると『登校拒否』『出社拒否』にもなりかねません」などと書かれていた。

全国の開業医に配布

1万5000部を印刷し、全国の開業医に6500部を配布した。これを見た「山口県不登校を考える親の会ネットワーク」が抗議した。「不登校への差別や偏見を助長させる」「不登校の原因が低血圧であるとの誤解を招く」といった理由だった。

謝罪広告

大日本製薬は過ちを認め、新聞に謝罪広告を出すことを決めた。

歴代社長の評価

宮武健次郎氏(1999年6月~2008年6月)の経歴

宮武健次郎(みやたけ・けんじろう)氏は1938年2月16日生まれ。大阪に生まれ育った生粋の浪速っ子。

小学一年のときに疎開した。栗林公園(香川県高松市)の近くで暮らしていた1945年7月4日未明に空襲を受け、街は八割が焦土と化し、死者は1359人にのぼった。姉に手を引かれて命からがら逃げ出すことができたという。 関西学院大学(商学部)卒業。1961年、大日本製薬に入社。当時、父親の徳次郎氏が社長を務めていた。

取締役、常務、専務を経て1999年6月から社長。

伝説・武勇伝

福岡支店長時代、得意先の十数人を相手に焼酎のストレートを回し飲みする接待を、「九州男児に負けられない」とやり遂げた。

趣味

趣味は「飲酒歓談」。人との出会いを大切にし、「談論風発」の中で頭の整理ができるという。休日は山歩きやゴルフ、美術鑑賞などで過ごす。ざっくばらんな人柄だ。

評価「2005年の合併の立役者」

アテル投資顧問の評価によると、宮武健次郎氏は、2005年の大型合併による住友ファーマ誕生の立役者として高い評価を得ている。住友ファーマは2005年10月、大日本製薬(東証1部上場)と住友製薬(非上場)が合併して誕生した。当時、大日本製薬の社長は宮武氏だった。合併後の初代社長にも、宮武氏が就任した。なお、合併では、上場を維持するため大日本製薬を存続会社とした。

概況

ロゴ 住友ファーマ
銘柄コード 4506
市場 東証プライム
(1945年5月上場)
本社 大阪市
設立 2005年
筆頭株主 住友化学
業種 医薬品の製造、販売、研究開発